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【2024/11/24 13:38 】 |
U竹一家の面々 其の参

今日は兄妹!

S市A美!W田コーチの母校、S幡中学の2年生です。今年は400mIMで5:10.21(関東中学3位)がベストパフォーマンスでした。不器用な選手ですが、負けず嫌いと男っぽい性格が魅力の選手です。母校の先輩W田の言葉を借りると、「Uちゃんの選手にしては泳ぎが下手だな!」との評価です。否定するつもりはありません!でも、強くさせる気は満々です。
200Fly  2:34.73 200Bc  2:35.76 200Br 2:52.39 200Fr 2:16.71


兄貴の「遼」です。俺が担当している。選手で唯一JOに出場していない選手です。B南高校1年。専門はFly!俺はFlyにはこだわりがあります。ゆえにFlyを選択する以上、全国大会で決勝に残る可能性のある選手にしか専門にさせません!でもなぁ、俺の思い違いかなぁ…100で56秒しかイメージできません。今は、1:01秒ですが・・Fly 2:16.32 Bc 2:28.54 Br 2:48.91 Fr 2:02.21

実は、このS市兄妹のお母さん(母)は昨年の5月に癌で亡くなりました。(享年39歳だった)ドラマのような話しですが、亡くなる寸前まで二人をスイミングに通わせていただきました。俺は、亡くなる2~3週間くらい前に二人の母がプールに送り迎えをしてくれているのを確認していますし、挨拶も交わしました。(車での迎えでしたので会釈程度でしたが・・・)
実は、その1年ほど前にお父さんからお話し(病気の)を伺っていました。しかし、現在の医学の水準そして、お父さんや子供達の素振りからも、快方に向かっていると思っていました。
結局、お会いしたのは会釈をした時、それが最後でした。その2日後だったと思います。お父さんが俺のところにいらっしゃって、「コーチ申し訳ありませんが、医師から、あともって一週間だといわれています。しばらく子供達を休ませるかもしれません・・・宜しくお願いします」と伝えられた。
冷静を装った俺であったが、あまりにも突然だった。取り繕うように質問をした。
「子供達は・・RとA美は知っているんですか?」
「はい、お医者さんから癌だと聞いた時から二人には話していますし、それがどんな病気かは二人とも分かっているようです。」
確かに1年位前に二人の様子がおかしい時があった。それは練習に遅れる。練習に身が入ってないからコーチに怒られる。という時が・・・情けなくなった。あれか!と思った。

未だに信じられないが帰らぬ人になった。もちろんお通夜にも告別式にも参葬させていただいた。お通夜には当時の選手も全員お焼香をあげさせていただいた。その時、二人の亡き母親の思い出の品が陳列してあった。その中には、子供達の・・RとA美の水泳のメダルやらなんやらが・・・選手の前では涙を見せたことの無い俺は、とめどなく溢れる涙を隠す術を知らなかった。もっと大きなメダルを取らせてあげて、もっとこの人(母)に喜んでもらいたかった・・これからの子供の活躍をもっと見て欲しかった・・

たかだか水泳コーチが出来ることはたいした事ではない。そんなことは百も承知だ!でも、実は子供に指導していることの背景には保護者の期待や協力もあることが分かった、いや、分かっていたつもりだが、この出来事を境に確信した。でも、俺はこの二人に「特別な想い」を持って指導していない。俺の大切な選手の一人として指導している。

天国のお母さんそれでいいでしょ?

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【2006/10/27 02:28 】 | U竹一家 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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